僕は学校の先生目指して日々大学院にまで通って勉強しているのだが、学校の先生が苦手なタイプの人間であった。
学校の先生(特に小学校と中学校)というと授業で大きな声を出して喋っている。
そんな、イメージがどうしても強い。
だから、自己主張が強くて喋りたがりの人が多い。自分の苦手とするタイプの人間だと失礼ながら勝手にそんなことを思っていた。
しかしながら、大学院に入ってそんな偏見はなくなった。僕の通う大学院では、現場から学び直しにくる現職の先生方が多くいる。そして、彼らと一緒の授業を受けて、一緒に研究やゼミの活動をするなかで思ったこと。それは、「意外と謙虚で控えめな方が多い」ということだ。まぁ、冷静に考えたら当たり前なんだけど……
大学院に入って、小学生や中学生の時のように先生を「先生」としてではなく、共に同じ大学で学ぶ仲間として関わったとき、幼き頃の自分が抱いていたイメージとは打って変わって、こんなにも感じ方や印象が変わるんだなぁと少しびっくりした。
自分の立場や取り巻く環境が人に対する見え方や感じ方に依存する部分って結構大きいなぁと。
そう考えると少し話は飛躍するけど、今は苦手だとか、めんどくさいとか、なんか合わないなぁコイツ、って思っている人とも、単に相性が悪いと割り切って諦めるのではなく、また時間を経てお互いの立場や環境が変われば分かり合えること期待して、とりあえずなんか付き合っておく。そんなスタンスの生きた方も将来に向けた投資として考えれば、最近はアリかもしれないと思うことがある。
西川先生はよく「多様で多数の人と繋がりを持って」とゼミ生に言う。
「袖振り合うも多生の縁」ということわざにもあるように、これからの人生もう少しオープンに生きるのも悪くないと思う、今日この頃である。